2019年も本日で終わり。毎年恒例の読んでよかった本ベスト10。

10. アフターデジタル | 藤井保文、尾原和啓

電子決済戦争が勃発した2019年の日本でも、まだ大半の人はデジタルが浸透した世界というのを想像できていないと思う。その点で中国は日本の10年くらい先を行っている。

OMO(Online Merges with Offline)という概念を軸に、高度なデータ収集&分析を武器にオンラインビジネスとオフラインの統合を爆進中の中国の今を明らかにするビジネスノンフィクション。

スマホの加速度センサーを活用してドライバーを評価する配車アプリや、参加者で傷病治療費用を割り勘する相互保険アプリなど、大企業の鋭いアイデア、瞬発力、やりきり度合いもえげつない上、それを許容する法的スキームの整備からして中国という国のポテンシャルに驚きを隠せない。さて後進国日本はこれからどうしましょう。

9. ダ・フォース | ドン・ウィンズロウ(著)、田口俊樹(訳)

買収オンパレードな警察機構と司法とカルテルの間でなんとか生き残ろうとするニューヨーク市警の悪徳警官の話。

主人公マローンはみるみる窮地に追い込まれていくし、彼のしている行為はクソ野郎以外の何者でもないが、地獄のような状況でも仲間を思いやるマローンや、魅力的な敵役を随所に散りばめることで、感情移入させられてしまうのはさすが。

上下巻という長さを一切感じさせないし、物語にドライブがかかるのが早いし、中だるみも無し。一貫して圧倒的な熱と圧が作品全体を貫いている。

「カルテル」はじめこれまでの作品も素晴らしかったが、さらにもう一つ"格"が乗っかった、ドン・ウィンズロウ最高傑作。

8. NEVER LOST AGAIN グーグルマップ誕生 | ビル・キルデイ(著)、大熊希美(訳)

Google EarthやPokemon Goを生み出し、Google Mapローンチの中心人物でもあったジョン・ハンケ。その彼の仕事を一番間近で観てきた著者によるノンフィクション。

地図事業の存続すら危うかったGoogle買収前の話はヒヤヒヤするし、Google傘下に入ったあとも、当時の会社の生々しい内情やGoogle創業者ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンのぶっ飛んだエピソードも惹きつけられる。Google出身でYahoo前CEO、メリッサ・マイヤーとのバチバチ感を隠そうとしないところが個人的には好き(著者がわりと他責思考というか、人の描写に嫌味を感じるところは好みが分かれそう)。

シリコンバレーでの華麗な成功例の一つとも言えるジョン・ハンケのキャリアとプロダクトの軌跡は、同じIT業界で働く身として大いに感化されてしまった。

7. 量子力学で生命の謎を解く | ジム・アル=カリーリ(著)、ジョンジョー・マクファデン(著)、水谷淳(訳)

良質な科学の本は時にフィクションよりもスリリングで面白い。

量子力学における様々な興味深い現象 — 二重スリット実験や量子もつれ、量子スピン、トンネル効果など — の説明から入り、超ミクロな量子世界と馴染み深い古典物理学がどのように結びつくかをわかりやすく論じてくれる。

例えば種の進化に欠かせないDNAの突然変異には量子の重ね合わせやトンネル効果が作用している可能性がある、のくだりは目から鱗で、生物学と量子力学の二つのおさらいもできるのでお得感もある。

原子や分子はどうやって自由意志や感情を持つ生物を成り立たせてるのか?というテーマにはあとちょっと届かない感じだけど、ボリュームたっぷりの力作。

6. PIXAR ピクサー 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話 | ローレンス・レビー(著)、井口耕二(訳)

今や世界一のデジタルアニメーションスタジオのPIXARだが、かつて主力事業を持たず財政的に困窮し、スティーブ・ジョブズが自腹で資金を捻出していた頃、最高財務責任者として加わった元弁護士の著者が、その役割にとどまらず(というか実質的に現場を取り仕切り)、経営を立て直してIPO(株式公開)を達成し、さらにディズニーによる買収にこじつけるまでの軌跡(ただしピクサー側の勝利に近いのだが)を描いたノンフィクションエッセイ。

トイストーリー以後のピクサーの成功を知る今では信じがたいほどのジリ貧ぶりだし、ジョブズの復活とピクサー成功の軌跡が見事に重なり合っているのも興味深い。時折若者言葉を織り交ぜる翻訳もハマっていて、元弁護士というお堅い経歴からシリコンバレーのスタートアップに飛び込んでいく勢いもよく出てる。

5. 魔法の世紀 | 落合陽一

ごめんなさい。なめてました。僕があと5歳若かったらベストにしてたかもしれない。それくら衝撃的で刺激的。メディアに出まくる胡散臭い人くらいに思ってたけど、同じようなイメージを持っている人がいたらもったいないので是非読んでほしい。

フレームレートとエーテル速度で西洋/東洋のアートの進化を分類するくだりなんて、こんなん思いつくんかといった角度だし、終始語られる内容の解像度が衰えない。新しい地平を切り開く技術的側面と、近現代アートの歴史を踏まえてた文脈的側面、どちらでも語りうる言葉を持っている。

所謂"現代アート"は古典になったんだと確信した一冊。

4. オール・クリア | コニー・ウィリス(著)、大森望(著)

第二次大戦下のイギリスにタイムトラベルした近未来のオックスフォード大学生が未来に戻ろうと奮闘するSF大作。前作「ブラックアウト」と合わせて実質全3巻の大ボリューム。ずっと文化祭前夜みたいなわちゃわちゃ感は相変わらず。

白眉はトラファルガー広場でのある場面を、物語後半で再度別視点から描き直すラスト。「君の名は。」にも通じる"時間ズレ"のエモな展開を読めただけでこの長編を旅してきた甲斐がある。登場人物よりも脚本で物語をうねらせるタイプだと思うが、最近の新海誠はコニー・ウィリスに多大な影響を受けているのは間違いない。

それにしてもこの人の本は毎回長い! ギュッとしたら1巻に収まるんじゃないかと思わないこともないけど、必ず最後にカタルシスが待っているから読んでしまうんだよなぁ。

3. ラブラバ | エルモア・レナード(著)、田口俊樹(訳)

アメリカ探偵作家クラブ賞を受賞しておりジャンルは一応ミステリーになると思うのだけど、刹那的な会話の美しさ、人物の感情の機微が描き出された(日本的な言い方だけど)純文学の味わいに近い。

写真家の主人公ジョー・ラブラバと元女優ジーン・ショーの台詞の応酬は全部グッとくる。特に序盤、ラブラバの部屋でジーンに写真を見せながら、彼の写真に対する考えを吐露する場面と、そこからベッドになだれ込む一連のやり取りは最高。

みんなポーズを取ろうとしてる。どうすれば自分をさらけ出すことができるのか、その方法がわかりもしないまま

原題La Bravaをカタカナで一続きに訳すセンスも素敵。

2. 三体 | 劉慈欣(著)、立原透耶(監修)、大森望(訳)、光吉さくら(訳)、ワン・チャイ (訳)

2019年にこんな王道SFが読める幸せ。素晴らしかった。圧倒された。

レビューはこちらに書きました。続編が楽しみで仕方ない。
記事: 劉慈欣 「三体」の感想。中国SFの扉を開いてしまいました。

1. 10:04 | ベン・ラーナー(著)、木原善彦(訳)

この本の魅力を一言で伝えるのは難しい。

詩人だがある短編で予想外の評価を受け次作の執筆に取りかかる「僕」と、恋愛感情抜きで精子提供を求める親友のアレックス、映像製作会社で働くセフレだかガールフレンドだかよくわからないアリーナなど、ニューヨークのどこかで生きているとしか思えない彼らのことを今でも考えてしまう。内向的で、ある意味で鈍感な主人公には愛おしさすら感じる。

僕は突然、自分は実は彼女と手を切ろうとしているのではなく、よりを戻そうとしているのだと感じた。

凡庸な表現だが、自分自身を重ね合わせて読んでしまった(主人公は社会的に大きく成功している部類に入るとはいえ)。

序文で「全ては今と変わらない — ただほんの少し違うだけで」とあるように、現実のニューヨークのネオンや蒸気や街角の空気が伝わってくる筆致が見事な一方、著者のベン・ラーナー自身も詩人であるようにある種メタ的な構造を持つ挑戦的な物語でもあって、非常に不思議な味わいを持つ作品だった。

おわりに

2019年は技術書を除いて45冊の本を読んだ。例年より少なく、50冊読めなかったのは悔しいかぎり。

ただ、特に下半期、トップ10に惜しくも入らなかったけど素晴らしい本にたくさん出会えたのは嬉しい。

小説では「地下鉄道 | コルソン・ホワイトヘッド(著)、谷崎由依(訳)」や、「宇宙のランデヴー | アーサー・C・クラーク(著)、南山宏(著)」もよかった。

行動経済学の入門編にぴったりの「予想通りに不合理」は前評判通りに面白く、「世界一シンプルで科学的に証明された食事 | 津川友介」もこれまであまり読まなかったタイプだがこれまた良質な本だった。

今年は打率が高かっただけに、あまり新しいタイプの本にTryできなかったかな。2017~2018で言語学に関するいくつかの良書に影響を受けたように、2020年はあまり読まないタイプの本にも手を出していきたい。

2018年の記事はこちら: 2018に読んだ本のベスト10 (小説・人文)
2017年の記事はこちら: 2017に読んだ本のベスト10 (小説・人文)