2017年に読んでよかった小説・人文系の10作品を挙げてみる。
出版年は関係なく、純粋に2017年1月1日〜12月31日までに僕が読んだ本の中からランキング形式で並べてみた。
ちなみに去年2016年は「ハリー・オーガスト、15回目の人生」と「マネー・ボール」が同率一位。

No.10 「血と暴力の国」コーマック・マッカーシー(著)、黒原敏行(訳)、扶桑社

映画「ノーカントリー」の原作にもなった、現代アメリカを舞台にしたクライムノベル。原題「NO COUNTRY FOR OLD MEN」。主人公モス、麻薬マフィア、殺人者シュガーの命がけの追いかけっこは息もつかせぬ展開の連続で、それに加えて読点やセリフを表す「」が全くない濃密な文体が緊張感を煽る。実は映画が忠実に原作をなぞっていたことがわかるシュガーのキャラクターは、狂気を超えて神秘性すらも帯びていて、オールドメンでない僕でも最早この国には住めない、と思う。

No.9 「あの素晴らしき七年」エトガル・ケレット(著)、秋元孝文(訳)、新潮社

イスラエル人作家のノンフィクション・エッセイ。日本人には想像しづらいイスラエルの日常 —— 暖かな家族と宗教、戦争がどのような折り合いをつけて共存しているのかを、善良で詩的でナイーブ(悪く言えばのろまな印象すら与える)な著者の視点を通じて知ることのできる良書。僕もそうだがこの著者の作品を未読でも問題はない。

No.8 「シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕」タイラー・ハミルトン(著)、ダニエル・コイル(著)、児島修(訳)、小学館

ヨーロッパ最大のスポーツイベントの一つツール・ド・フランスで起きた、稀代のドーピング事件の主役ランス・アームストロング。彼と共犯関係にあった自転車競技選手と、NYタイムズのジャーナリストが連名で綴るノンフィクション。当事者の目線から自転車競技会の内実や、アームストロングの人となりを知ることができるだけでも面白いのだけど、「人はいかにして大衆に対して真っ赤な嘘をつけるのか」というより深いテーマが浮き彫りになってくるのが大変に興味深い。

No.7 「物語 フランス革命―バスチーユ陥落からナポレオン戴冠まで」 安達正勝(著)、中央公論新社

自由、平等、友愛を世に広めたフランス革命って実際どんなもんなのか。マリー・アントワネットやルイ16世って何をした人なのか。革命の成り立ちや当時の世相、社会情勢が、これほどわかりやすく生き生きと描かれた本があっただろうか。時には厳密な史実から半歩だけはみ出して、革命の只中で人々がどう生きたかあざやかに描かれている。本の長さ・内容ともに過不足なく、ここから近世ヨーロッパへの好奇心も広がる。

No.6 「悲しみのイレーヌ」ピエール・ルメートル(著)、橘明美(訳)、文藝春秋

パリ警視庁に勤める所帯持ちの警部ヴェルーヴェンが主役のありふれたミステリーかと思いきや、第二部から怒涛の畳み掛けで圧倒され、打ちのめされた。実在する小説や、小説というメディアそれ自体をテーマにしたメタ的な構造と、非常にショッキングな事件の展開に衝撃を受けること必至。決してこの次の「その女アレックス」から先に読んではいけない。

No.5 「HHhH プラハ、1942年」ローラン・ビネ(著)、高橋啓(訳)、東京創元社

ノンフィクションと小説の間で揺れうごく独特な形態で描かれた、ナチス親衛隊ハイドリヒ暗殺計画をめぐる工作員たちの物語。ユダヤ人が激しく弾圧される当時の社会情勢の中、あるクライマックスに向けて緊張が高まっていくのと並行し、歴史と虚構、双方の枠組みにまたがっていることを自認する著者自身の語りによって、読者は自ずと批評的視点を持ち、意識が本の外へと向かっていく作りは一つの発明だと思う。

No.4 「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ(著)、酒寄進一(訳)、東京創元社

ドイツ人作家フォン・シーラッハ御大の傑作短編集。短編集全体の出来でいえばここ数年でダントツのベスト。Kindleで買ったこともあり、2017年一番よく読んだ本かもしれない。詳しくは他記事「3,000文字書評: 「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ」を参照。

No.3 「増補 日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で」 水村美苗(著)、筑摩書房

「自分の言葉で物語を書ける」「日本人には日本語という(ほぼ)固有な母国語がある」「日本語文学のかくも恵まれた充実ぶり」 —— 言語に関する当たり前や固定概念にことごとく疑問を突きつけ、その成立の過程や他国との比較を、バイリンガル小説で有名な著者の視点から論じている。第一章、国際文学会議に出席する為に著者が旅行をする話から始まるのが非常に印象的で、その後の章への間口を大きく拡げ、かつ文学的な味わいを付与することに成功している。

No.2 「あなたの人生の物語」テッド・チャン(著)、‎公手成幸(訳)、浅倉久志(訳)、古沢嘉通(訳)、嶋田洋一(訳)、早川書房

現代SF作家でグレッグ・イーガンと並び称されるテッド・チャンの短編集。表題作は「地球人類と全く異なる言語を用いる知的生物がいたら、彼らの思考体系は我々とどのように異なるか」というテーマがまず秀逸。他の短編は玉石混交だがとにかく表題作が突き抜けている。そういう意味で4位「犯罪」よりも上にした。ちなみに映画版で描かれた異星人の「言語」には言いたいこともあって、ビジュアルとしてのインパクトはあったけど、センテンスとして区切り方に大きな疑問が残ったのは自分だけではないと思う。

No.1 「きみを夢みて」スティーブ・エリクソン(著)、越川芳明(訳)、筑摩書房

エチオピアから黒人少女を養子に迎えたアメリカ人の白人家庭が、オバマが大統領に当選する瞬間をTVの前で迎える、そんな象徴的な場面から始まる現代小説。平易な言葉遣いとは裏腹に、あまりに多層的・ネットワーク的に広がる物語のため、読み終わっても全容を把握しきれない自分のキャパの狭さは嘆くしかない。それでも力強くしなかやかで美しく、あえていうなら人間賛歌的な物語に、読んでいる間ずっと心が震えていた。これからの人生でことあるごとに読み直すことになるだろう名作。


2017年は外国で生活を始めたこともあり、翻訳小説や言語に関わる本に多く触れた一年だった。

ちなみに、上記TOP10に漏れた次点の作品は以下(順不同)。

  • 「罪の声」 塩田武士著、講談社
    史実と虚構が神がかったバランスで融合した犯罪小説。ここまで次の展開が気になって読み進めた本も久々だったのだけど、風景描写や繋ぎの文がことごとく退屈で、かつ終盤、主人公の新聞記者による心情吐露の件が丸々要らないだろうと思い、ランク外。

  • 「こころ」 夏目漱石(著)
    再読だから選外だけど、何度読んでもいい。純粋に面白いし、漱石の持つ「人間の心象に対する解像度」みたいな力に、読むたびに驚かされる。

  • 「13・67」 陳浩基(著) 天野健太郎(訳)、文藝春秋
    香港警察を舞台に老若2人の刑事を軸に、時代を遡っていく形で書かれた短編集。後半に向けてどんどん面白くなる。序盤が説明過多でぎこちない部分が目立ったり、もう少し香港という街の香りが漂っていればもっと好きになったかも。

  • 「東の果て、夜へ」 ビル・ビバリー(著)、熊谷千寿(訳)、早川書房
    登場人物がほとんどティーンエイジャーだけどこの上なくハードボイルドで、全体にどこか哀愁漂う不思議な作品。「血と暴力の国」と合わせて読むと、もうアメリカには住みたいと思えなくなる。

  • 「老ヴォールの惑星」 小川一水(著)、早川書房
    日本語によって書かれたSFで面白いと久々に思えた作品。4つの短編はどれも読み応えがあって長さもちょうどいいのだが、いずれもオチが凡庸なのが残念だった。

2018年はもっと数を読みたいと思うと同時に、できるだけ読んだ本をレビューできたらいいなと思っている。
あと、このご時世でも意外とKindleで読めない本って多いんだな、というのが今年の発見だった。

2019年の記事はこちら: 2019年に読んでよかった本10冊
2018年の記事はこちら: 2018に読んだ本のベスト10 (小説・人文)