1年前、Race Across Austriaで初めてウルトラサイクリングを走った時、「もう御免だ」と思ったが、気がつけばより過酷なレースを探していた。見つけたのが、南ヨーロッパの山と島を走るウルトラグラベル、Seven Serpents。

「これは挑戦しがいがあるかも」

バイクパッキング装備で無サポートの三国横断。考えただけでワクワクする一方、完走への不安も大きかった。しかし、好奇心が勝った。

Seven Serpentsとは

Seven Serpentsは総距離850km・獲得標高16,000mのバイクパッキングレースで、スロベニア、クロアチア、イタリアの三国を制限時間1週間で横断する無サポートレース。

参加者は自分の力だけで走り、食料を調達し、宿を見つけ、機材トラブルも解決しなければならない。スリリングで狂気じみた、現代の冒険と呼ぶにふさわしいイベント。

コースプロファイル

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風景はこれでもかというほど変化に富んでいる。スロベニアの緑豊かな森林から始まり、中世の歴史的建造物を通過し、クロアチアの石灰岩で形成された険しい島々、そして最後はイタリアの情緒ある港街トリエステへ。

路面も極めて多様で、乾いた砂利道、砕石が突き出るガレ場、玉石が浮く急斜面、グリップの効かないぬかるみ、登山道、林道、石畳まで枚挙にいとまがない。オンロードもそれなりにあるが、決して楽な道のりではない。

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Photo by Marco Ricci @gravelmerk
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また島々を結ぶ2つのフェリー移動は、時刻表との戦いでもある。5月という時期の気温や天候の変わりやすさも難易度に拍車をかけている。

世界中から集まるライダーたち

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2025年は145名の参加者が集まった。主にヨーロッパ各国からグラベル・MTB・バイクパッキング愛好家たちが集結している。アマチュアレースではあるものの、上位陣のスピードはプロ並み。

年齢層は主に20代から50代で、女性参加者は少ない印象。

興味深いのは、グラベルバイクとMTBがほぼ半々に分かれること。完走率77%という数字が示すように決して易しいレースではないため、スキルに不安がある人はMTBを選択するのが賢明。

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機材と装備

自転車

Cannondale Topstone Carbon。水と食料を除いた車体重量は11kg前後。

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コンポーネントは急遽SRAM eTap AXSを導入してみた。電動変速の恩恵は、特に疲労が蓄積した後半で実感することになる。Growtacのイコールレバーはそのまま残し、Blipsスイッチだけ増設した形。珍しい構成になってしまった。

ホイールはLight Bicycle WG44リムに、Industry Nine Solixハブの組み合わせ。

まあ、後から思えば「正直グラベルバイクでは無理がある」というのが本音。リジッドフォークで挑んだディナル・アルプスの石灰岩地形では、サスペンションなしでは体力を大幅に消耗することになった。

タイヤ選択について

タイヤは前後ともにPanaracer グラベルキング X1(無印)を選択。パンク知らず、空気抜けも少なく、850kmを文句ひとつ言わず付き合ってくれた。まさに縁の下の力持ち。

直前まで装着していたUltraDynamico Raceの走り心地は好みだったものの、対パンク性を考慮して交換した。

グラベルキングにはSKというより深いノブパターンもあるが、万能性を期待してX1を選択した。しかし結果的には器用貧乏となり、特にクロアチアの石灰岩セクションでは、より攻撃的なトレッドパターンが必要だった。

持ち物とパッキング戦略

荷物は主に4箇所に分散した:

  • Apidura フレームパック: サングラス、工具、補給食
  • Apidura リアパック: 雨具、防寒具、貴重品
  • Albion Backpack: ハイドレーションパック、ジャケット、補給食
  • ツールボトル: パンク修理関連

ホテル泊を前提としてシュラフは持参しなかったが、同じ考えの人が多かったように思う。水分補給はハイドレーションパック+500mlボトル構成。ボトルは5kmも走ると汚れて直接口をつけられなくなるため、メインはパックからの給水に頼った。

雨具用のフロントパックがあれば尚よかった。汚れたものを分離して収納し、出し入れのストレスを軽減できただろう。

衣服の選択

南ヨーロッパとはいえ、5月に標高1,000m級の山々を通過するため、気温差は想像以上に大きい。

直前の天気予報で雨天が予想されたため、フルパッケージの雨具を準備:

  • 上下ジャケット
  • オーバーグローブ&シューズ
  • 予備&ホテル滞在用のダウン

結果的には連日の雨で準備が功を奏した。気温もそこまで上がらなかったため、長袖で通してよかったかもしれない。露出は最小限にしておくと、日焼け・肌荒れ・虫刺され対策にもなる。

リュブリャナからトリエステまで — 走行記録

スロベニアの森と最初の洗礼 — 1〜2日目

1日目(0~180km):リュブリャナ(Ljubljana)〜ポストイナ(Postojna)

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午前7時にスタート。勇んで早起きしたのはいいものの、ホテルのキーを返し忘れる凡ミスを犯した。あえなく自分だけスタートを遅らせてもらい、最下位からの出走となった。

序盤は皆の気も逸っているせいか、なかなか後続を掴めない。しかし、新鮮な脚とモチベーションで着実に追い上げていく。

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岩壁にへばりつくように建つ13世紀の要塞・プレジャマ城を通過し、100km地点で休憩時間を予定通り2割に抑えられており、上々のペースだった。

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好調な滑り出しだと思ったのも束の間、午後から天候が悪化。

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この日最大の山場であるCP1のスヴェタ・トロイツァ(標高1,123m)に向かう頃には雷鳴のBGMが。雨に打たれながら頂上を目指す。午後9時、既に闇に包まれ、ライトの光だけが頼りだった。この時点では「冒険の醍醐味だな」と楽しむ余裕があった。前後にライダーがいるのも救いだった。

午後10時30分、ポストイナに無事到着。1日目だけで獲得標高3,700m。すでに未知の領域だった。

2日目(180~360km):ポストイナ(Postojna)〜クラリェヴィツァ(Kraljevica)

早朝はいつも虚無感に襲われる。正直リタイアを考えた。筋肉は既に悲鳴をあげ、湿ったままの衣服が肌にまとわりつく。Dotwatcherで仲間たちが動き始めているのを見て焦る。幸いこの日だけ晴れ予報。「とりあえず走ってみるか」 - 投げやりな気持ちで自転車にまたがる。

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やはり昨日のようなフレッシュな脚はない。バイクを押す時間が増える。自分をこんな目に遭わせているイベントに怒りすら湧いてくる。

CP2への道のりは100kmの無補給地帯。しかもリスニャク国立公園はクマやオオカミが徘徊するワイルドエリア。深いブナとモミの木々に囲まれ、湿潤な森の匂いに緊張感が漂う。

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ディナル山脈のグスリツァ山(標高1,490m)への登りは急峻で鋭利な岩が転がっている。浮石も多く歩きで押す。

終盤、忘れられない瞬間もあった。ダウンヒルで見たアドリア海沿岸の夜景には思わず声が出た。ささやかな報酬。

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午後11時、泥まみれでホテルに転がり込む。夜中にずぶ濡れのアジア人を快く迎えてくれる温かさよ。遅すぎるのはわかっていたが、翌朝7時にアラームをセットして眠りにつく。

石灰岩の島々とアドリア海の正念場 — 3〜4日目

3日目(360~480km):クラリェヴィツァ(Kraljevica)〜ツレス(Cres)

今日も葛藤の中スタート。「やめていい理由ができたらすぐやめる」 心の片隅で敗北の言い訳を探している。情けないがそれが本音。

海峡を越えてクルク(Krk)島へ。オリーブの木やローズマリーなど低木が増える。

標高こそ低いが、石灰岩が牙を剥くオフロードが続く。スキル不足で対処できない細かなアップダウンに、押し歩きが増える。グラベルバイクではうんざりするトレイル。愛車のTopstoneすら重荷に感じられる。

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筋肉の疲労も深刻で、昨日は僅かに残っていたパフォーマンスも、この頃にはひたすら出涸らし状態。

ハイライトは「Stara Baška climb」- MTBでも走行不可能な登山区間。自転車を押すか担ぐかの二択だ。

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その後フェリーでツレス(Cres)島に渡る。降船後、壁のように立ちはだかるヒルクライムに、ライダーたちと顔を見合わせた。登る以外に選択肢はない。

4日目(480~620km):ツレス(Cres)〜ロチュコ・ポリェ(Ročko polje)

もはや心拍が上がらない。10%超のヒルクライムもゾーン2を超えてくれない。明らかに足がついていけていない。

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痛みと疲労は深刻な状況になってきた。尻、握力、靴擦れ、特に腰痛がひどい。

ツレス島を縦断し、本土行きフェリーに10分前に滑り込み安堵したのも束の間、今回最大のヒルクライムが待っている。

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ウチュカ山(標高1,396m)のヴォヤク峰への登り。石造の展望塔からはイストリア半島とアドリア海の絶景が広がるはずだが、またも雷雨に見舞われる。頂上手前のレストランでライダーたちは雨宿り。午後7時、一部の人は床での宿泊を交渉している。みんなびしょ濡れだ。

それでも、ホテルまで残り30kmを走らなければならない。終盤のダウンヒルで派手に転倒した。雨で粘土質になった窪みにタイヤを取られ、右側面を強打。一瞬息が止まるが、冷静に体とバイクを点検する。大怪我はなく、吹っ飛んだSRAMの変速Blipsもすぐに見つかった。

七つの蛇の終着点、トリエステの統一広場 — 5〜6日目

5日目(620~790km):ロチュコ・ポリェ(Ročko polje)〜グラチシュチェ(Gračišče)

ゴールまで残り210km。「頑張れば今日ゴールできる」という淡い期待でアドレナリンが湧き上がり、枯れた脚に再び力を込める。1日目に近いペースで山岳区間へ突入した。

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世界最小の町フム村、中世の石造りが残るモトヴン村を通過し、スラヴニク峰(標高1,028m)へ向かおうとするも、また豪雨。ここで心が折れた。

他のライダーが市民グラウンドに避難する中、唯一空いていたホテルに逃げ込む。

向かう途中も雨は激しさを増し、道路が川と化している。手も足も顔もずぶ濡れで、iPhoneのロック解除すらできない。

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完走への高揚感は雨に洗い流された。結局もう1日走らねばならない。「明日は敗戦処理か...」と諦めに似た気持ちでベッドに沈んだ。

最終日(790~850km):グラチシュチェ(Gračišče)〜トリエステ(Trieste)

どうせあと60kmと高を括っていた。しかし、足は鉛のように重く、身体がいうことを聞かない。泥をかき分けるような鈍重な走りで、全く進んでいる気がしない。

さらに強風と雨のダブルパンチ。最悪なタイミングでチェーンも落ちる。疲れすぎて正常な判断力を失いかけ、怒りと疲労で感情が混乱した。

それでも最後の山頂へ到達。そして見えた! アドリア海の港町トリエステの街並みが。

トリエステに入ると、これまで通過してきた村々とは段違いの文明があり、戸惑った。カフェや石畳の街並み、行き交う人々。5日間、自然と格闘し続けた身には眩しすぎる光景。

「最も美しく象徴的な統一広場(Piazza Unità d'Italia)」での完走の瞬間は、言葉では表現できない達成感があった。主催者に「確認だけど、これで終わりだよね?」と聞くと、「これで半分、さぁここから折り返しだ」との返答。疲労困憊でも思わず笑った。

順位は真ん中以下。でも、間違いなく自分にとっての勝利だった。

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広場には、同じように泥だらけ傷だらけになった仲間たちがいた。走り切った達成感を分かち合った。私たちみんな、このルートで一緒に苦しんできた。

レースを終えて - 見えた課題と収穫

終了直後はある種のショック状態で、何を食べても味の半分くらいしかわからなかった。拷問のような過酷さから急に解放されたような感覚。少しずつ頭が整理されてくると、『次はどうすればもっと速く安全に走れるか』という分析的な思考が戻ってきた。

走って分かったこと

機材面の発見: 正直、自分にとってリジッドグラベルバイクでは限界があるように思う。サスペンション(フロントと、できればリアも)は必要。特にクロアチアのトレイル区間で痛感した。

タイヤも太ければ太いほどいい。主催者も「最低45mm」を推奨している。フロントタイヤのパターンは選択ミス。よりノブの効くSKにすべきだった。泥での転倒は、明らかにフロントタイヤのグリップ不足が原因だった。

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一方で、ワイヤー引きに不安を感じていたGrowtacのブレーキは優秀だった。簡単な引きしろ調整機能で、握力の負担を最小限に抑えられた。

エアロTTバーが活躍する場面は少ないものの、あって助かった装備の一つ。持ち手が増えることで、長時間ライドでのストレス軽減につながった。

補給戦略の学び: ヨーロッパにコンビニはないが、レストランやガソリンスタンドを繋げば、比較的補給は難しくない。パン、グミ、エナジーバー、飲むヨーグルトが主力となった。

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Photo by Marco Ricci @gravelmerk

レース中、油物や、過度なカフェインや冷たすぎるものは極力避けた。オーストリアのレースでの教訓だったが、結果的に胃もたれや腹痛を回避できた。

しかし、何度か食料危機に陥ったのは反省点。スーパーマーケットでは買いすぎがちょうどいい。

体調管理の発見: 腰と尻の痛みを誤魔化すための痛み止めは効果的だった。カフェインも必要な時に摂取すると、特に朝の立ち上がりで効果を実感した。

毎朝の体を温めるのに1時間以上必要なことも分かった。すぐに無理せずゆっくりウォームアップするのが良い。

やらかしと改善点

致命的な技術不足: 路面対応スキルの不足は深刻だった。泥や玉石での走行方法、拳大以上の岩が転がる下りでの衝撃吸収、これらをいなす技術があれば、同じ筋力でも数時間は短縮できただろう。

次に走るなら、スキル不足を補うためにも100mm以上のフロントサスが欲しい。一方で、上位ライダーはノブも浅めのグラベルバイクを選択しているあたり、改めてレベルが違うと実感する。

体力管理の失敗: 複数日にわたって筋肉を酷使したら、体がどうなるかという理解と対策が不足していた。1日目のパフォーマンスを維持できていれば、順位はどの程度変わっていただろう?

回復方法に関する知識も足りてない。申し訳程度の漢方とサプリメントを飲むのみ。マッサージや十分な睡眠時間の確保を検討する必要がある。

時間の使い方について

ウルトラレースの本質は、総走行時間の最適化にある。これは「走行時間」と「停止時間」という二つの要素の組み合わせになる。

GPSデータを分析すると、44%の時間は何らかの理由で停止していた:

  • Moving Time: 2d 22h 29m (56%)
  • Stopped Time: 2d 8h 16m (44%)

走行時間は純粋に脚力とペーシング戦略に依存するため、改善には長期的なトレーニングが不可欠だ。一方で停止時間は、経験と効率化によって貧脚者でも短縮可能な領域である:

  • 宿泊: ホテル選びから就寝までの流れを標準化し、無駄な時間を削減する
  • 補給: ガソリンスタンドやキオスクは迅速で、日曜日も空いている。一方で大型スーパーは商品探しで時間を浪費するし、営業時間も短い。レストランは休憩と温かい食事という付加価値があるものの、待ち時間というコストを伴う
  • ルーティン作業: 毎朝の機材チェック(空気圧、チェーンオイル、泥落とし、パッキング)を一連の流れ作業として確立する

ヨーロッパライダーたちとの先天的な体格差を埋めるには、停止時間の短縮こそ現実的な戦略と言える。

成績について

  • 完走タイム:5日 6時間 28分
  • 順位:69位(ソロ部門は111人が出走)
  • 平均スピード:12.7km/h

数字だけ見ると決して速くはないが、完走率77%のレースを最後まで走り切れたことに満足している。

今後の展望と、あらためて、Seven Serpentsについて

レース中は「走る」こと以外への認知能力が極限まで下がっていたため、会話もおぼつかないし、景色を楽しむ余裕はなかった。

不思議なもので、走っている間は「こんなクソイベント、もう二度と出るものか」と思っていたが、トリエステの統一広場でゴールした瞬間から、次のことを考えている自分がいる。

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Photo by Marco Ricci @gravelmerk

知り合いもできた。すでにみんな次のレースの話を始めていて、またどこかで会うだろう。

特に感謝したいのは、主催者のBrunoやカメラマンのMarcoをはじめとするスタッフ。彼らの不眠不休のサポートがなければ、リタイアはもっと増えていただろう。今回の悪天候の中、彼らの献身があってこその完走率だったと思う。

「去年の体力では完走できなかった」という実感とともに、トレーニングの重要性を再認識した。Seven Serpentsを走破したことは、確実に自信になった。同じ苦しみを共有した仲間たちとの再会を楽しみにしている。


この記録が、Seven Serpentsに挑戦しようと考えている人たちの参考になれば幸いです。

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